国際的な統制を進展させるため1909年に条約に向けた国際会議の開催を提案した。1911年12月1からオランダのハーグにおいて万国阿片会議が開催された。この会議の主催はオランダが勤めた。アメリカ、イギリス、イラン、イタリア、オランダ、シャム、中国、ドイツ、日本、フランス、ポルトガル、及びロシアが参加した。この会議では、アヘンの他にモルヒネやコカインの統制についても協議され、1912年1月23日に条約は調印された(ハーグ阿片条約)。条約は6章からなり、主に以下の6点について規定された。オランダがこの条約の実施に関する職務を負った。
生阿片(ケシの未熟果から取れる乳液を乾燥させたもの)の生産、及び分配の取締を法制化すること。
煙膏(生阿片を喫煙用に加工したもの)の製造、取引、使用の禁止。
アヘンやヘロイン、モルヒネ等の製造、販売、輸出入を医学用途に制限すること。
中国及び極東諸国への密輸を禁制するための必要な措置を取ること。
禁制薬物の所持を犯罪とみなすこと。
この条約はドイツの提案により即時の批准を求める物ではなく、大半の国は批准しなかった。その結果、1913年と1914年に2度の国際会議が開催され、アメリカなどにより諸国へ批准の催促が行われが、批准は得られなかった。
1914年に第一次世界大戦が勃発しモルヒネは戦場で疼痛剤として用いられ、これの中毒者が増えた。また、兵士はコカインを使用した。これにより、参戦国では戦後これらの使用が増加した。特に、ヨーロッパとアメリカで、この傾向が顕著であり、問題の拡大が懸念された。1918年、アメリカはハーグ阿片条約の批准に向けた提議を行った。その結果、パリ講和会議にてハーグ条約の批准に関する議題が扱われた。
パリ講和会議において、アメリカ及びイギリスは講和条約発効後3ヶ月以内にハーグ条約を批准することとそれに伴なう法制化の実施を求める案を提出した。会議の結果12ヶ月以内に行われるものとされ、ヴェルサイユ条約第295条として案は採択された。1919年6月28日にヴェルサイユ条約は調印された。ヴェルサイユ条約の調印にともない、ハーグ条約に批准していなかった諸国も条約を批准した。
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また、ヴェルサイユ条約に基づく国際連盟規約の第23条(ハ)には、連盟加入国は阿片及びその他の薬物の監視を連盟に委託することが記載された。オランダはハーグ条約の職務を国際連盟総会決議に基づき、連盟に渡した。連盟はハーグ条約に関する審議を行う機関として「阿片及び他の危険薬品の取引諮問委員会」(麻薬委員会の前身)を、連盟理事会の決議により設置した。諮問委員会は薬物に関する国際統制政策の審議や各国からの報告書の基づく状況の検討を行った。